下宮 憲二

最高裁の苦悩(武富士元専務追徴取消判決)

A.I.W.広島事務所の下宮憲二です。

 本日、過払い請求事件で、法廷に行ってきました。そこで思い出したのが、今回のお題です。

 先日、武富士元創業者の長男の方(元専務)への追徴課税処分が、最高裁判決により取り消され、利子相当分を含めて約2000億円が還付されることになった、という記事が紙面を賑わしました。
 新聞によると、この元専務は、元創業者である両親から、実質的に、1650億円相当の外国法人の持分の贈与を受けていたようです。とある国の元首相が母親から9億円もらっていたと騒がれたことが可愛く思えるような金額です。

 今回の争点は、財産を贈与された当時、元専務の「住所」がどこにあったかでした。

 譲りうける財産が国外にあるときは、贈与時に、元専務の「住所」が国内にあれば日本で課税されますが、国外にあれば日本での課税ができない規定に当時はなっていました。
 判決理由によると、元専務は、税金のかからない贈与の方法を公認会計士から提案された上で国内と国外での生活を繰り返していたようです。このような場合、「住所」はどこにあるといえるのでしょうか。

 原審は、元専務の租税回避目的への認識、外国を生活の本拠にしようとする意思が強くないことなどの主観的な要素も考慮して、「住所」は国内にあったと判断し、課税処分を適法なものとしました。
 しかし、最高裁は、「住所」の有無は、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきであって、主観的に租税回避目的があり、租税回避目的のために滞在日数を調整していたとしても客観的な生活実体が消滅するものではないとの考えをとった上で、元専務の外国での滞在期間、外国での住民登録の届け出の事実、外国での業務への関わり等から、客観的な生活実体は外国の滞在先に存在するとして、「住所」は外国にあったと判断し、課税処分を違法なものとしました。 

 みなさんの中にも、平日は業務のため田舎の事務所近くに借りた住民票記載のアパートに滞在し、土日は家族が住む都会のマンションで過ごし、週の何日かは出張で他府県のホテルに宿泊し、豪邸購入の目的を持ち、自分の本拠地は購入予定の豪邸だと強く思いながら生活されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 こんな場合でも、今回の判決によれば、主観的な目的や意思は考慮されず、「住所」は客観的な生活実体から判断されることになると思います。

 今回還付される約1330億円分(元専務が当初納めていた分)には、武富士がいわゆる過払い金によって得たお金が形を変えて多く含まれている可能性があることを、最高裁も認識しています。今回の贈与にあたり、日本で贈与税がかからないような方法(両親の有する武富士の株(国内財産)を実体のない外国法人に移転し、元専務も海外に住居を準備した後に、両親が有する外国法人の持分(国外財産)を元専務に譲る)を租税回避のためになしたと裁判官は認定しています。
 しかし、結論は、課税庁が、不当に得た利益の税金逃れ行為に対して課税したにも関わらず、最高裁は、課税庁の処分が違法で、元専務に約2000億円を還付すべきとしたのです。

 結果だけみると、最高裁は、不当な方法で利益を得た者の味方をしたように見えます。消費者金融の不当な金利によって苦しめられた人は多くいます。そのような人たちの利益が形を変えて残っているにも関わらず、会社は潰れ、元役員への課税もできないとなると、利得を得た者の丸儲けとなり納得出来ない面もあるでしょう。補足意見を見ると、最高裁裁判官も、結論の著しい不公平感を十分に認識され悩まれたことが分かります。立法による解決にまで言及されていることがそれを物語っています。
 しかし、租税法律主義(税を課すには法律の根拠が必要とする考え)という大原則を貫いたという点においては、最高裁はあくまで一国民の権利を不当に侵害することを容認しなかったと言う事ができると思います。課税が、法律に基づかずケースバイケースで行われるようになると、それこそ国民にとって脅威です。法律にはちゃんと書いてないけど、あなたは儲けすぎているので課税します、ということがまかりとおることになってしまいます。

 今回の判決で、最高裁が守ろうとしたものは何だったのか、この観点から考えてみると、今回の結論について“最高裁の苦悩”が見えてくるのではないでしょうか。