蓮見 和章

旅券返納命令はどのように行うのか。

 アクティブイノベーションウエスト広島事務所 所長の蓮見和章です。

 さて、タレントの小向美奈子さんに覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕状が出ている問題で、昨日のニュースでは警視庁が警察庁を通じて外務省に旅券返納命令の要請をしたと報道されました。

 「旅券」と聞くと耳慣れない言葉かもしれませんが、要はパスポートのことです。すなわち、ニュースで旅券返納命令といっているのは、小向さんのパスポートを返納するように命じるという意味です。パスポートがなくなると国外に渡航、滞在することができませんから、小向さんはこの返納命令の効力が生じるとフィリピンから強制退去される可能性もあります。この旅券の返納命令の権限は外務省にありますので、警視庁は外務省に返納命令を出してほしいとお願いしていることなります。

 ところで、この旅券の返納命令ですが、あくまで命令ですので小向さんに直接書面で通知しなければならないとされています。いくら報道で流れてフィリピンにいる小向さんが知ったとしても、それで返納命令が小向さんに言い渡されたとは言えないのです。

 今回は有名人である小向さんの滞在先がマスコミ等の取材によりある程度わかるので、小向さんに直接返納命令の通知書面を通知することも可能かもしれません。しかし、一般人の人が国外に旅行中の場合は直接通知することは難しいでしょう。通知ができない場合は、いつまで経っても返納命令の効力は生じません。このような場合にはどうしたらいいでしょうか。

 この点、旅券法にはパスポートの名義人の所在が知れないときや書面を送付することが出来ない場合は、通知する内容を外務大臣が官報(国の機関誌のようなもの)に掲載して20日間が経過した日に、通知が届いたものとみなすとの規定があります。名義人が海外に居る場合は、その名義人が居ると思われる領事館にも通知の内容が掲載されることになります。つまり、書面が届かない場合は、一定の場所に掲示をして、一定の期間が経過すれば、通知が届いたことにしてしまおうということです。

 実は、弁護士の業務の中で、同じような制度を利用することがあります。ある人を訴えたいけど、夜逃げをしてしまったりして所在がわからない場合に、公示送達といって裁判所掲示板に通知を出してもらい、それから2週間経過したら訴状を本人が受け取ったのと同じことにしてしまう制度があるのです。訴えを本人が受け取ったとなれば、その後裁判手続きは進められ、本人が何も知らない間に敗訴の判決がでてしまうことになります。

 今回の返納命令や公示送達といった制度、確かに逃げ得は許さないという点で非常に意味のあるものだと思います。ただ、皆さんは日頃の生活の中で官報だったり、裁判所の掲示板を見る機会がどれだけあるでしょうか。一言に住所が分からないといってもいろいろなケースがあります。ネット等情報ツールが大きく変わってきている現在では、適正な手続きの観点から、もう少し一般に生活していても知りうる場所、ツールに掲示を行ってもいいのではないかとも思います。今回の報道を見て、ふと実際に旅券の返納命令がなされれば小向さんは領事館に行く前ネット等で気付くだろうなあと思ったので、今回はこのテーマで書いてみました。

 余談ですが、今回のパスポートの返納命令の要請は、小向さんに対して覚せい剤を譲り受けた罪の逮捕状がでていることが原因であるかのように報道されています。確かにそれは間違ってはいないのですが、今回小向さんに対しては逮捕状が出ていなくても返納命令を出すことができました。なぜなら、旅券法には、過去に禁固刑以上の刑に処せられ、その刑の執行を受けることがなくなるまでの者にも旅券返納命令ができると規定されているからです。

 皆さんご存じのとおり、以前に小向さんは懲役1年6月執行猶予3年の刑を宣告されていて現在は執行猶予中です。だから、今回の逮捕状が出ていなくても小向さんに旅券の返納命令が出る可能性はあったわけです。小向さんは、今回逮捕状のこととは関係なくフィリピンを旅行していたと話したという報道がなされていますが、法的にはもともといつ旅行を中止されてもおかしくない立場にいたということです。このことは小向さんも知らなかったのではないでしょうか。